Rockな童貞

日記のような、短編のような、詩のような、俺

自分を笑った

 部屋の掃除をしたり、実家から送られて来た荷物を整理したり、ユーチューブを見たり、本を読んだり、音楽を聴いたり、ゲームをしたり、小説を書いたりと今日はほとんど家の中にいた。夜は肉が食べたいなと思い、夕方に駅の近くのスゥーパーヘ半袖短パンおまけにサンダルという本州の秋をナメきった格好で行ったら結構寒かった。肉のコーナへ行くとサークルの先輩がいたので、炊き込みご飯のところで時間を潰した。何気なく手に取った鶏ごぼうご飯が美味しそうで気づいたらカゴに入れてしまっていた。その後肉とその他諸々を購入し家に帰った。地元はひどい雨らしいが、すぅんとする風の冷たさと弱々しい鈴虫の鳴き声に二度目の秋を感じてしまった。気分によって聴きたくなる曲が違うのは当たり前だが、季節によっても聴きたくなる曲は違うと思いけり。

最近カップルを街中などで見かけると、非常に羨ましいなぁと思ってしまう。寂しさを紛らわすための道具として彼女が欲しいわけでは決してなく、ただただ自分の話を聞いて一緒に笑ってくれるってだけで幸せだろうなぁと思うのである。モテ期ってあんの?とこないだ母に聞いたら、あんたはまだ一回も来てないんだからこれからあるに決まってるでしょと言って笑っていた。ほんとかよ母ちゃん、一回も来ないってことはないのかい、本物のサンタクロースのように。

人肌恋しく

枕に顔をうずめれば

鼻刺す匂い アンモニア

 

自分を笑った サンタクロースは信じる子供のところにしか来ないんだよ。

John Frusciante

君にとってのギターヒーローは誰?と問われたら、俺はコンマ何秒かでジョンフルシアンテと答える。というかもう、俺にとってのギターヒーローは彼しかいない。

 

ジョンフルシアンテは元レッチリのギタリストで、プレイスタイルや音色が似ていることから白いジミヘンと呼ばれたりもする。レッチリの全盛期を支えた人物で、現代三代ギタリストの一人でもある。薬物で廃人になり、一時期は全ての歯が抜けてしまうほどのところまで堕ちた人物。今回は完全に俺得な内容だがどうか許していただきたい、懐かしい思い出に浸りながら、音楽と共に彼の変遷を少しばかり紹介したいと思う。

 

1989年、オーバードーズで死んでしまったヒレルスロバクの後釜として、当時18歳だったジョンはレッチリに加入する。

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これは1990年に録られたライブ映像で、ピチピチのジョンがTiny Dancerを歌っている。エルトンジョンのカバーなのだが、俺は本家より断然こっちが好き。ジョンはよくライブでカバー曲を披露する、もう一つお気に入りのカバーあるので最後に紹介しようと思う。いや、それにしてもジョンが若い、めちゃくちゃイケメンだし、ギターの音もいい感じで枯れていて気持ちがいい(アンソニーはこの頃から変な動き)。

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そんでこれがいわゆる初期のレッチリ、ヒレルのコピーに近い感じがして、のちに言われるようになるジョンらしさはまだあまり見られない。初期のレッチリはThe Funkというような曲が多く、ジョンのカッティング技術が光っている。ギターの位置がめちゃんこ低い、よく弾けんなーカッケェよジョン、俺には無理。1989年にアルバム『Mother Milk』でレッチリは少しずつ売れ始める。そんで1991年にリリースされた『Blood Sugar Sex Magic』がブレイク作品となり、レッチリの名は世界に知れ渡るようになる。このアルバムの中に入っている一曲でUnder the Bridgeという曲がある。この曲は病むと必ず聞きたくなる曲で、もう何度聞いたか分からない。親が大嫌いで家の中で一言も喋らなかた中学三年の冬も、クラスで孤独だった高二の時も、独り暮らしを始めたばかりの頃も、孤独感を覚えた時はいつもこの曲にすがりつてきた。その度に沈んだ俺を優しく慰めてくれて、もし、この曲がなかったら俺は犯罪者になってたかもしれないと思う時がある、本当にありがとう。色々なバージョンがあってどれもいいのだが、中学の頃に何度も何度もリピートしていたバージョンを紹介する。この時はUnder the Bridge以外の曲を聞いていなかった。聞きたくて聞きたくて仕方なかったのだ、もうほとんど麻薬に近く、聞くたびにこの曲に依存していった。

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感傷まみれ、涙まみれ、300回は聞いてるはずなのに全く飽きが来ない、本当の名曲は永遠に色褪せない、何度聞いても泣けてくる。この動画には見落としてはいけないポイントが一つあるのだが、もうお気づきだろうか。1分5秒のところを見てほしい、驚くべきことにジョンがピックを落としているのだ。にもかかわらずアンソニーも、ジョンも平然と演奏を続けている、むしろピックを落としてからギターの音が良くなったようにも聞こえる。プロなんだから当然じゃん、とは言うことなかれ。お互いを信頼しきっていて、なおかつ、心の底から演奏を楽しんでなければできない離れ業である。余談になるが、Under the Bridgeは俺が人生初のライブで演奏した思い出深い曲でもある。カニちゃんと二人でやった人生初のライブはセンター試験よりも、部活の公式戦よりも緊張した。頭が真っ白になって、何度も練習したはずのフレーズを思うように弾けなかった。カニちゃんも俺と同じようにめちゃくちゃ緊張していたらしく歌詞を飛ばしてしまった。演奏が終わると俺は疲弊しきってしまって、友達の温かい言葉に耳を傾ける余裕もなかった。今思えば最高のライブだったのだが、当時の俺は演奏に納得がゆかず、そのライブの後の帰り道で、カニちゃんにバンドを解散しようと口走ってしまった。それを聞いてカニちゃんはちょっと泣いていた。なんてアホなんや俺は、力一杯ぶん殴ってやりたい。降る雪を受け止めながら二人でトボトボ薄暗い道を歩いた。

すまない話を戻そう。

1992年、世界ツアーでの来日中ジョンは薬物依存が原因で帰国後、脱退してしまう。廃人と化したジョンの貴重な映像が残っている。

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正直言って怖い、これこそ堕ちるとこまで堕ちったって感じ。その後ジョンは薬を買うために自分のギターさえも売るようになる。心配した友人たちががジョンをリハビリ施設へ連れて行き、2年に及ぶリハビリの末、見事復活に成功する。

1999年、ジョンはレッチリに復帰しアルバム『Californication』をリリース、このアルバムがレッチリ最大のヒット作となる。このアルバムの中で一番好きな曲はScar Tissue、ジョンらしさ全開でギターが枯れまくってる。アンソニーのメロディセンスとリリックのセンスも最高すぎる。

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レッチリはMVよりもライブ映像の方がはるかにカッコイイ。アドリブを入れたり、ジャムをしてくれたり、裸になってくれたり、頭から火を出してくれたりとサービス精神が絶えない。

2002年、アルバム『By the way』をリリース。これもまた大ヒットする。このアルバムからは少しマイナーなTearという曲を紹介する。

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悲しい曲だなぁ、沁みる。

そんでもって、2006年にアルバム『Stadium Arcadium』をリリースし、収録曲であるDani CaliforniaとSnow(Hey oh)が映画デスノートの主題歌として使われ、日本でもレッチリを知る人が多くなる。ちょうどこの時に俺もレッチリと出会った。当時俺は小学六年生で、オレンジレンジとか、ケツメイシとかナルトの主題歌だとかを聞いていた(ほんと、今じゃ考えられない、あの頃の俺は純粋だった)。ある日、母親とツタヤに行った時、大きなモニターで、デスノートの予告が流れていた。映画も面白そうだったのだが、それよりも俺を惹きつけたのは映像と共に流れている曲だった。聞いた瞬間、ビビッときたのを今でも覚えている。それを聞いてすぐに、 母親にCDを買ってくれと頼み込んだ。しかし、如何せん曲名がわからなかったので、デスノートのCDをくださいと店員に言った。そうして、買ったCDがSnowのシングルで、実は予告編で聞いた曲とは違うものだったのだ。めちゃくちゃ落ち込んで、帰りの車の中で母親に八つ当たりしてしまった。俺がツタヤで聞いた曲はデスノートの前編の主題歌である、Dani Californiaで、Snowは後編の主題歌だったのだ(誰も悪くない)。後にそのことが分かり、Dani californiaのシングルも買うことができた。間違えて買ってしまった Snowのシングルだったが、何気なく聞いているうちにどんどん好きになっていってしまった。そして今では、大好きな曲の一つである、奇妙な出会いだった。

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Snowのアウトロは本当に神がかってる、イントロがやばいのは言わずもがな。

ここまで読んでくれた人はたぶん変人、てか俺が変人こんな長いブログ初めて書いた。

同シングルからもう一曲、Funny Face いい顔してるよジョン。

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この曲はSnowのシングルにしか収録されてない知る人ぞ知る名曲で、嫌なことがあった日は、この曲を大音量で流しながら頭を狂ったように振ってる(オススメ)。

2007年、ジョンは自分の音楽を突き詰めたいという理由で再びレッチリを脱退する。時系列が逆になるが、ジョンは2004年からソロ活動を始めており、わずか一年で6つもアルバムを作った(分かる人にしか分からないやばさ)。最後に紹介するのは、John Fruscianteのアルバム『Shadows Collide with people』から、Second walk

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この1分47秒という短い時間の中に、ジョンの全ての思いが詰め込まれているようで、走馬灯を見ているような気分になる。濃すぎるほど濃厚なのに全くクドくない、例えるなら、めちゃくちゃ濃いあっさりラーメン(何言ってんだコイツ)。

最後まで読んでくれてありがとう、書くのが楽しくてしょうがなかった。

 

 

 

おまけ

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Eva cassidyの曲であるSong birdのカバー、泣ける。

 

紹介しきれなかったレッチリとジョンのオススメ曲一覧

レッチリ

Tell Me Baby、Soul to Squeeze、Otherside、Wet Sand、Make You Feel Better、

Hard to Concentrate、Right on Time、The Longest Wave、Dark necessities

ジョン

Scratches、Dying Song、Look on、This Cold、Time Tonight、Carvel、Mistakes

 

肯定される不平等とn回目の自問自答

世の中は不平等なことだらけで、そのことに対して不満を言おうと思えばいくらでも言えるはずなんだけど、みんなあんまり言わない。自分が苦しい時に、もっと辛い人がいるんだから頑張りなさい、と言われてもなんの励みにもならない。それならいっそのことそのまま落ちるとこまで落ちてぶっ壊れちまえよって言われた方が頑張れる。

実は俺、小説を書いてる。昔から本を読むことは好きだったんだけど、まさか自分で小説を書き始めることになるとは思っていなかった。太宰治賞をとって新人デビューみたいな流れは頭の中ではもうあるんだけど、どうなることやら。会社に入って上司に頭下げて、残業して、満員電車乗って、酒飲んで愚痴言って、また会社行くみたいなのに俺は耐えられないだろうなぁと思う時がある。でも、安定を求めている俺も確かに存在して、どっちが本当の自分なのかは分からない。俺は何がやりたいんだ?って自分に聞いても何がやりたいんだ?って返ってくるから困っちゃう。でも、続けてみたら分かってくると思うから毎日少しでも書き続ける、太宰治だって、芥川龍之介だって最初はみんなズブの素人で、書き続けたから文豪になったんだ。それなら、俺だって書き続けたら駄作だってなんだって一つの形あるものぐらいは書けるはず、そう思って書くしかない。サラリーマンか小説家

どうすりゃいいの

         今にも消えてしまいそうな街灯の明かりは

         寂しげに降る白い雪を優しく抱きしめる

         どこからか聞こえる町の音は

         僕の憂鬱さを残酷なまでに駆り立てる

         「あの子、あいつのことが好きなんだって......」

         汚い人間、綺麗なお顔、加速する自己嫌悪

         ポッケットに突っ込んだ手の中には壊れかけのipod

         すがりつくようにしてあの曲をリピート

         みんな独り、そんなの知ってる

         吐く息はどこまでも白く、悲しくて

         冷たい風はいつまでも心地よく、暖かい

         どうにもならない現実を抱え

         荒んだ心に畳み掛けるディストーション

         何にもない、分からない、精一杯

 

         それでも僕は生きてゆく

俺の友達についてちょっと書かせて

タイトル通り今日は俺の友達について少しばかり書こうと思う。と言っても友達という概念に対して話をしても大して面白くないと思うので、一人の人間に焦点を絞って話をする。今回紹介する俺の友達はカニちゃんというあだ名のバンドマン。もしかすると今後のブログでも登場するかもしれないので以後お見知り置きを。

高校の部活で知り合った同い年で、暇さえあれば音楽を聞いているような人間である。お互い似ているところもあるんだけど、違うところは結構違っていて、まぁ喧嘩のようなことも何度かしたことがある。彼との思い出は高2の時のものが鮮烈かつ強烈で、この時に急激に関係が深まった。高2の時に何をしたかというと、体育祭の日に二人で個室トイレに入って弁当を食ったり(ホモビデオでもなかなか見れない高度なプレイ)、二人でライブをやったり(人生で一番緊張した)、家で遊んだりした。高二の時、俺はクラスに友達がいなく本当に毎日がストレスだった。担任も大っ嫌い、クラスメイトも大嫌い、自分のことも大っ嫌いだったあの頃は自己嫌悪と嫉妬と怒りで心が張り裂けそうだった。修学旅行なんて全然楽しくなかったし、青春楽しんでます!!みたいなキラキラしているスクールカースト上位の人間をぶっ殺してやりたいと本気で思っていた。今思えば鬱だったのかもしれないし、自殺を考えたこともあった。そんな時に、カニちゃんは一緒に笑ってくれたり、音楽の話をしてくれたり、心配してくれたりした。ツンツンしてるように見えて、意外とガラスのハートで、なんだかんだで優しくて、センチメンタルなエゴイスト(俺もエゴイスト)。

 

彼は大学を辞めて今年の12月に上京し、CRYAMYというアマチュアバンドのベースとして活動をする予定。そして、東京での家を見つけるまでの間、俺の家で暮らすことになった。彼は不安しかないと思うが、俺はとても楽しみだ。

二人ともホモじゃねぇよ、三度の飯よりおっぱいが好き。

ルサンチマン

北朝鮮のミサイル飛んできたーとかアラームうるせぇよ死ね、みたいな内容のツイートしてるやつってなんなんすかね。たぶん俺と脳みその構造が根本的に違うんだろうなぁ〜、かく言う俺もこうしてブログを書いているんだけれどもね。何が言いたいかってね、ツイッターは本当に言いたいことが言えないってことを言いたい(ややこしいわカス!)実は俺、過去にとんでもない病みツイートをしてしまいフォロワーをドン引きさせたことがある。今回はそのことについて少し書きたいと思う。いや、書かせろクソったれ。

 

今年の春から俺は親元を離れて一人暮らしを始めた。人生初の一人暮らしということもあり最初はワクワクと不安で胸がいっぱいおっぱいだった。でも、なんとかなるしょw余裕余裕、オナニーし放題じゃんと自分に言い聞かせ、なんだかんだで一人暮らしを楽しんでいる自分がいた。家の手伝いといったらゴミ出しと雪かきとマスかきぐらいしかしたことがなかったクソ雑魚ナメクジの俺は米の炊き方すら知らなかった。分からないことだらけだったし新たな環境に適応するのに必死すぎて4月は寂しさを感じる暇もなかったんだと思う。


ツイッターも一人暮らしを始めるのとほぼ同時期にやり始めた。この時のツイートといったら大衆受けを狙った自嘲気味のギャグツイートでフォロワーの数もこの時が一番多かった(ゆーても40人ぐらい)。新鮮さはすぐに慣れに変わりゆくのが世の道理で、一人暮らしも慣れてくると恋の始まりのような高揚感はリトルバイリトルなくなってゆくし、最初は受けのよかったギャグツイートも次第に飽きられていった。大学生活に期待なんかしてねぇよと口では言っていたものの、頭の片隅では可愛い女子大生を家に連れ込む妄想を繰り広げていた。期待した時に限って裏切られるのもよくあることで、現実の大学生活といえば、平日はたいして面白くない授業を糞真面目に受け、休日は暗い部屋にこもってアニメを見るか、本を読むか、アニマルビデオ見るか、サークルの女の子はピンとこないし友達はできないし、みたいなそれはそれは凄惨たるもだった(たまーに山登って大学生っぽいこともやったけどさ)

事件は5月に起こる。

 

ゴールデンウィークで予定が入っている日が1日しかなかった俺は、近所のブックオフに意味もなく行ったり、スーパーで涼んだり、チャリで近くにある大きな公園にこれもまた意味もなく行ったりして大学一年生の二重の意味でのゴールデンウィークを浪費した。ほんと今考えてみるとホームレスみたいなことをしていたと思う。分かる人にしかわからないと思うんだけど、人って誰かと喋らないとダメになっていくんだろうね。一人でいると考え込むことが多くなるし溜まっていくんだよ(奥さん、最近ご主人とはご無沙汰なんだろう。それじゃあれかい専らオナニーかいオナニーなのかい、どうなんだい溜まってるんだろ〜う)。おっふんおっふん(咳払い)失礼しました話を元に戻しましょう。


そんな文字通りクソみたいな生活を送っていると、だんだん孤独感と自己嫌悪に苛まれるようになり、正確な日付は忘れたが、5月のある日、溜め込んだ日々の鬱憤が爆発し、過去の嫌な思い出や自分の悩みに関する長々ジメジメしたツイートを深夜にしてしまったのである。自暴自棄とはまさにこれのことで、悔やんでも悔やみきれない(チープだよねこのセリフって)。まぁ、その後このツイートを見て僕のことを心配してくれた、もしくは、哀れんでくれた心やさしき二、三の人間から励ましの言葉を頂戴し、なんとか立ち直った(ありが10)。

 

安定軌道に入ったかに思えた俺の精神だったが、その事件の後も、鬱憤が爆発しツイッターを止めようとしたことが二度あった。そして昨日めでたく三度目を迎えたが、未だにやめれてない。ツイッターってスンゲェ嫌いなんだけど、そんなこと言いながらツイッターをやめることができない自分がもっと嫌い。

カップルの記念日ツイートを見ると狂的に笑ってしまうし、友達同士の旅行ツイートとかをみても、へぇ〜こいつらって俺と違っていっぱい友達いるんだ〜って思ってなんか悲しくなってしまう俺はツイッター不適合者なんだろう。いいねを本当にいいねと思って押すことなんてほとんどなくないですか、それともあなたは本当にカップルの幸せそうなツイートを見ていいねと思っているんですか?あなたは俺のことを狂人と呼ぶかもしれないけど、俺から見ればあなたの方がよっぽど狂人ですよ。あと、病んでいる人に〇〇病んでるけど大丈夫ーって聞いてくるやつ、何も分かってねぇんだな。そんなこと聞くんじゃねぇよアホカス、ファック。

 


ツイッターは軽い気持ちでやるものハハ

何にも見えないハハハ

人間ってクソだねぇ〜〜

ツイッターってオナニーに似てる気がする

気持ちいいだけで意味がなくていいねもらった瞬間だけ嬉しくてその瞬間だけ快感ホルモンじゅばっと出てさ虚しくなってさ後悔してさいっつも気持ち良かったらいいけどね、

そんなことないからねぇ〜まぁまたするんだよねぇそんなこと言ってさどうせするんやで〜明日になったら都合の悪いことは忘れてさ またシコシコすんだよねーツイートするんだよねぇ〜

人間ってクソだねぇ〜

俺ってクソだねぇ〜はぁーあ


俺たちってなんで生きてんだろうねぇ