デカダンス

日記のような、短編のような、詩のような、俺

おバカなエゴイスト

地元(北海道)の寒さを思い出してこっちの寒さなんて本当大したことないなぁと思った。でも、いくらそういう風に感傷混じりの思い出と今を比べったって寒いという事実は変わらないのだから、過去が味方のように見えてしまうのは錯覚なのか、あの高二の冬の誰とも会話したくないような最悪な気分の時、自分の部屋に大の字で横になって、泣いて鳴いたあの時に比べたら、今は随分マシになったよなぁ、って思考を巡らせて現在進行形の吹き溜まった欲求不満が少し和らいでいくのも錯覚なのか。

 

女と楽しげに談笑しながら、昼の暖かな日差しの中、コンクリートの坂をゆっくりと登っていく男は幸せだと思うのも錯覚なのか、可愛くて愛想もいい女の子は全員人生を楽しんでいて小説なんて絶対読まないし、Nirvanaなんて絶対聞かないし音楽に助けを求めないというのも実は錯覚で、放課後は家で人間失格を読んで墜ちかけた太陽を指差して、「斜陽だ」なんて呟いたり、スマッシュパンプキンスのBullet with Butterfly wingsを大音量で聴きながらファッキンクールビリーコーガンyeah,yeah,ah,Despite of my rage i'm still just a rat in a cageとか叫んでいるのかもしれない。

 

じゃあ、俺の憂鬱も自己陶酔的な錯覚なのか?苦しいって言うのは心の底から本当なのか?なぁ答えろよ俺、本当に変わりたいなら答えてくれよ俺、何もかもが錯覚ってことはないのかい。

 

音楽や小説は心の弱い人間が止まぬ苦悶を紛らわすために本能的に手をさしのばすものでなければならないというのも錯覚で、世には色々な価値観があって、楽しさをより清く強くしてくれる曲や、無意識に踊りたくなるような曲にも存在価値があるのかも、なんなら菅田将暉やバックナンバーにも。

 

でも俺はいつまでたってもおバカなエゴイストなので錯覚なんて概念を捨て去って瞬間で感じる激情に身を任せ、嫌いだ嫌いだ寂しい寂しい苦しい苦しい好きだ好きだと言っていたい。tetoのルサンチマンを聴きながらエアギターをしてキメていたい。Under the bridgeを弾きながらいつまでも思い出に耽っていたい。今はまだ、表現者ぶってんじゃねぇぞこの四流ダメ人間、と言われても、お前なんてなんの価値もないと言われても、いつかはダメ人間全員を黙らせて、日本、いや世界中のどうしようもなく救えないダメ人間と仲良くなって、世の中をダメに(良く)したい。

 

負け犬であればあるほど理想を語りたがり、夢見がち。

 

こたつの中は暖かい、外は

youtu.be

youtu.be

 

ぶん殴ってやりたいよ

毎日毎日ムカつくことばかりで、何に怒っているのかも分からなくなった。ノイズのような毎日を耐えきるためにノイズのような音楽を自転車を爆走させながら爆音で聴いても、緩和できなくなった。愛しているだとか、頑張りましょうだとか、マジでマジでだとか、それなだとか、ウッセェンだよ平気で愛しているだとか言っちゃう奴はクソも信用ならねぇ、ていうか気にくわねぇ。

ぶん殴ってやりたい。

ツイッターで病みツイートやあいつを殺してやりたいだとか呟くと、大丈夫かこいつとかって思われるのに、ブログでいくら同じようなことを書いても、そういうレッテルを貼られないので不思議である。全員麻痺している。俺は日頃の鬱憤を晴らす場がブログか小説しかないどうしようもない人間なので、一銭にもなりゃあしないのにねんごろにブログと小説を書いている。最近、自分の小説を面白いと思うようになった。前までは出来に満足できず、書いてはストレスが溜まっていった。そらあ今もストレスはいくらか溜まるがあんまり仲良くない男と気遣い合いながら喋るよりは何倍も気分がいいストレスだ。自惚れてんじゃねぇと言ってくれ、だって面白いんだもんしゃあないじゃん。

 

あれも嫌い、これも嫌い、それも嫌い、君も嫌い、お前も嫌い、自分も嫌い、女も嫌い、ナスビも嫌い、嫌いって言ってんの!嫌いって言ってんの!濃いアザができるまでぶん殴ってやりたいって言ってんの!!!聞こえない?ぶん殴ってやりたいの!!!!

 

俺は映画の人物ばりにヒステリック持ちのお母ちゃんに似て外面がすごくすごくいいので、よく勘違いされて悲しくなる。〇〇くんって優しいよねだとか、〇〇くんって真面目だし頭いいよねだとか、俺はそんなことを言って欲しくて君に数学の二次関数の最大最小問題を教えてあげたわけじゃないんだ、〇〇くんってめちゃくちゃガツガツいくじゃんだとか、俺はそんな戯言を言って欲しくて普段の無愛想を封印して一瞬だけハリウッドスターに成り切って君よりも率先して我慢して見知らぬ店でポスター貼ってあげたわけじゃないんだ。俺はそんな人間じゃないんだ。やめてくれやめてくれ。こうやって女の前で見栄を張るから後で苦しくなる。俺は君がちょっと可愛かったから、話が楽しかったから優しくしたの、世間話をしながら頭の中で君の裸を想像してたの、そういう人間なの、だから優しいだなんて言わないでくれ、ガツガツいくじゃんだなんて言うんじゃねぇぶん殴るぞ!俺が悪いって?そうだよ俺が全部悪いんだよ、馬鹿野郎。

 

ターミネターという映画が好きだ。特に2が好きだ。1の濡れ場も好きだが2には敵わない。中学生の時はよくアクション映画の濡れ場で本能的にセンズリこいていた。あの時は自分が何をしているのかも分からなかった。ただ気持ちがよかったから、、

俺は機械工学科という自分でもわけのわからん学科にいるのだが、ターミネーターの影響は冗談抜きにしてでかいと思う、サッカーを始めたのも少林サッカーを見て感動したからというのは嘘のような本当の話である。俺の親父は資格も持ってないくせに、九九がやっとの高卒のバカのくせにいっちょ前に車の中古屋をやっている。その影響もあるのかもね、俺は車嫌いだけど。親父も昔は色々苦労してやんちゃしていたらしい。テスト当日に熱にかかって高校受験第一志望落ちて、ウルフになって、喧嘩したりバイクに乗りまくってたらしい。そんな親父は怒るとホンマに怖い、手がつけられない金たまがすくみ上る。母親を勢いよく蹴り飛ばしたことはあるが、親父に手を出したことがない僕は最低人間だ。

 

ガキの頃は全く意識しなかった金の重みというのを最近はひしひしと感じる。アルバイトをしていると、俺はまだ親に生かされているガキだということを忘れそうになるが正真正銘のガキなのだ。だからなんなんだよって話なんだがな。よくあんなアホな親父がお金を稼げているなぁと思う。ある朝、起きて食卓に向かうと「あーーーー人差し指痛ぇー突き指したー痛ぇわー」って弱々しく言っている親父の方をちらりと見ると、中指に湿布を貼っていた。

 

たまに人間全員死んでくれねぇかなぁ人類補完計画って素晴らしいなぁあの子のパンティの色は青かなぁと思う時がある。そう、俺の特技は妄想です。妄想力は文章を書くときにとても役に立つ、がそのほかの場所では足枷にしかならない。俺は恥ずかしいことに高校生になっても一人でお人形ごっこをしていた人間だが、今思うと、あれはとてもいいトレーニングだった。そういえば今日、教室で授業を受けているときに何気なく窓の方を見ると、窓際にみかんが一つ置いてあった。梶井基次郎檸檬を思い出しながら密かな興奮を覚えた。みかん、、、妄想が広がりそうだ。食べたら、もう一回胃腸炎になって、病院にいくと定休日で、腹が痛くなって仕方なく道端でうんこをしていたら、綺麗な女性がニヤニヤしながらやってきて、優しくケツを拭いてくれて、「あらあなたのうんち爽やかなみかんの匂いがするわね、舐めてみたいわ」と言ってくれる。

なぁ〜足枷にしかならないだろう。mousouじゃなくてyokubouでした。

 

書くことがなくなってきたのに今日(昨日)はとてもやりきれない日だったのでまだ書いていたい。男は手持ち無沙汰になるとすぐに女の話をしたくなるので、俺もすることにする。

彼女ってなんだよ、いたら安心なのか、俺のこの怒りも憂鬱も全部収まるのか。付き合ってください、いいですよで始まる水素よりも軽い口約束をサラサラキノコヘアーのバンドマンは飽きもせずに毎日切なげに歌い続け、挙げ句の果てに愛って素晴らしいだなんて口走ってしまうのか。君をうんこって呼びたい、いいですよと同じだと思う。うんこって素晴らしい。彼女ができたことがないのでラブソングが嫌いというか良さを理解できない。あーでも片思いなら腐る程しているのか、うーん腐っているぜ、思い出が腐っている。お母ちゃんには申し訳ないが、俺は一生結婚できないと思う。

もし俺に彼女ができたら、

公園で一緒にお酒を飲みたい、お互いの好きな音楽を聴きながら、朝日を眺めてみたい、ファミレスで三時間ぐらいグータラ喋っていたい、一緒に牛丼屋に行って、彼女が食いきれなかった大盛りを食べてあげて、その後銭湯に行って冷たくて気持ちのよい空気を感じながら、星を眺めて二人で感情に浸ってみたい、今日何食べる〜とか言いながら、お買い物デートしてみたい。電源の入っていないこたつに二人で入ってあったかくして、節約だねなんてことを言って抱きしめて彼女の着ているカーデイガンの優しさを全身で感じたい。二人でゲームしてわざと負けてあげたい。ツタヤで安っぽい恋愛映画借りてきて二人で手を繋ぎながら見て泣いてみたい。泣いてみたいというか泣けてきた。一人が二人になるだけでこんなに違うのか、、、、、、、、独りが二人か。

Hasta la vista baby.

 

 

youtu.be

 

 

不幸自慢者

愛ってなんだい、Loveってあるのかい、ねぇ答えてよ水たまりの幻覚者

 

死にたいって言いたいだけだろ、不幸自慢者

 

展示列車に乗ってどこゆくの、いいから早く切符をくれて言ってるの

 

遠くにも近くにもいたくないのよ、どこでもいいから早く手を繋いでって言ってるの

 

広告の中で美女が笑っている、僕は勃ちながら叫んでいる

 

言えと言われて言ってみたら、割りに合わないリアルクライクライ

 

悲しくて酒飲んで、公園で震えてる12月、破裂しそうな風船を眺めてる

 

どうせダメだから近寄らないで喋らないで君のことが本当に嫌いなんだよ、幻覚者

 

だらしなく纏わりついたアイデンティティーを焼き払って、不幸自慢者

 

ショーケースに入ったレアカード、何にも言わずに買ってくれた日曜の午後

 

捨てられるものは全部捨てたつもり、それでもなんだかすごく重たいんだ

 

嫉妬するのも疲れたね、290円の牛丼と出来合いのお味噌汁

 

浮き上がって膨れ上がった溺水者、また沈むとも知らないで声高々に笑ってる

 

誰もいなくなった夜の街、うずくまって取り残されて独り寂しく沈んでいった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポカリ

頭の右側面についた寝癖が全然なおらなくて、というのはどうでも良いとして、昨日、ものすごく奇妙な体験をしたので今日はそのことについて書き下す。かなり長くなると思うから、暇すぎて死にそうな時に読んでくれればいいと思う。

 

一昨日はその前日に公園で独り飲んだ酒のせいか、朝起きると悪寒と頭痛がした。でも我慢できる程度のものだったので、寝れば治るだろうと思って、いつものごとくブックオフへ行ったりして、一日を無為に過ごした。少しずつおさまってくるだろうと高を括っていた頭痛と悪寒は夜になっても一向におさまらず、それどころかどんどんと痛みと寒気がひどくなっていた。寒くて寒くてなかなか寝付けなかったが、12時前には眠りに落ちたと記憶している。

 

ここからが本題の話になる。

 

午前2時ぐらいだったと思う、夢の中で俺は死に直面していた。その時の夢の中の状況がどういうものだったかはよく思い出せないけど、確かに死が俺の目の前にあった。誰かに殺されそうになっているという感じでも、自殺しようとしている感じでもなかった。一番近いような感じがするのは、深い海で溺れているような感じだった。致命傷を負っている感じも近い気がする。ナイフで急所を刺された後みたいな。夢の中で何十秒かうなされて、パッと目が覚めた。これだけなら、アニメとか映画とかで主人公がよくやるシーン(汗びっしょりになって「はぁ、はぁ」とか言ってさ)なんだけど。この時は目を開けても、夢の意識が完璧に続いていた。客観的に言うならば、いつもあるはずの現実と夢の境がこの時だけはなかった。

 

起きても死が俺の頭を支配していた。でも、なんで自分が死に際にいるのかは意識しなかった。これはなんだか変な感じがするけど、考えてみると、生き物は予期せぬ死に直面すると、そんなことはどうでもよくなるのではないか。もう少しで死ぬという恐怖で心が満たされて、どうにか生き抜こうともがき苦しむのではないか。昔、虫かごの中に大きな蜘蛛を入れて、殺虫剤を少しずつかごの中に噴射したことがある。その時、蜘蛛は信じられないほど強く動いた。ガラスが割れてしまうんじゃないかと思ったが、徐々に弱っていて、ついにピクリとも動かなくなった。

 

自分がもう少しで死ぬと思うと本当に泣きたくなった。大声で叫び出しそうになったのをぐっとこらえて、何を思ったか俺は玄関へ向かった。扉を開け、どこへ行けば生きれるのかと、一瞬だけ思考を巡らせたが、どこへ行っても死ぬような気がして、目の前にあった塀をよじ登って向こう側の道へ降りて、何もない暗闇の中でうずくまった。その時は全くわからなかったけど、今思うと、この時に、幻覚が解けたんだと思う。でも、怖すぎるのと長すぎるので、頭が麻痺して幻覚が解けたことを全く意識しなかった。何十秒かして、部屋に戻って、まず最初に無意識のうちに自殺者相談センターみたいなのに電話をかけようとした。これは前から知っていたから無意識のうちに行動できたんだと思う。でもこのせいで、自分は自殺しようとしていたんだと錯覚した。自殺相談電話は16時半までしかやっていなくて、死のようとしてるやつが日中に電話かけるかよと思いながらも、俺は深い孤独を感じた。

 

その後すぐにカニちゃんに「助けて」とラインをした。すると、2時過ぎだというのに1分もしないうちに向こうから電話がかかってきた。わけのわからん今の自分の状況を必死で説明しようとしたけど、うまく言えなかった。ただ「怖い」を連呼していたと思う。それでもカニちゃんは眠そうな声で聞き手に回ってゆっくりと対応してくれた。話をしているとだんだん落ち着いてきて、急激に眠たくなってきた。でも寝たらまたあの恐怖に晒されるような気がしてちょっと怖かった。40分ぐらい喋って、また眠りについた。寝る前はあんなに寒かったはずなのに、暑くて汗まみれになって、浅い眠りを繰り返して、何度かトイレへ行って下痢をした。

 

8時ぐらいに目が覚めて起きたけど、寝た感じが全くしなかったし、起きた感じもしなかった。頭が重くて霧に包まれてるみたいだった。頭痛が鋭くなっていて、悪寒も震えるほどひどくなっていた。熱を測ってみると、38度2分あった。病院に行くしかねぇなぁと思いながら深夜に体験した夢の恐怖を頭の中で反芻した。病院に行ったら、胃腸炎と言われた。先週食った焼肉が原因なのか、日頃のストレスが原因なのかは定かではないが、30分に一回の排便ならぬ排下痢が俺のケツと心を擦り減らしていった。食欲も全然なくて、パンを一口食っただけで、吐きそうになった。それでも薬を飲むと、一気によくなっていて、吹き出すようにして食欲が湧いてきてお茶漬けを食べた。一週間ぐらい連絡を取り合っていなかったのに、なぜかその日に限って笹尾がラインをよこしてきて、買ったはいいが調理の仕方がわからないからと鱈の切り身を持ってきてくれた。下痢野郎に魚はまずいんじゃねぇのかと思ったが、この笹尾のあまりに偶然すぎる、そしていかにも笹尾らしいファインプレーにちょっとうるっときたとみせかけて、ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。

ムニエルにして美味しくいただきました、おいじがっだ、ありが十匹。

 

熱が下がったし、テストがあったので今日は学校へ行った。あの恐怖と未だに残る腹痛で、今日はありとあらゆるものに腹が立って、かかとを踏んできた男に舌打ちをしたり、知り合いにめちゃくちゃ冷たく接したりしてしまった。腹が痛い。でもなまら腹が減ったので今からなめ茸チャーハンを作って独りで食べようと思う。

 

この曲、昨日偶然知ったけど昨日と今日だけで何回聞いたか分からない。歌詞は俺のサイズにぴったりだし、イントロは本当に凄まじいな。腹減った。

youtu.be

 

 

 

 

 

白い息を吐く季節

窓の外で、まだらに広がった白い雲と淡い青空がゆっくりと動いている。逆さ海のような空と澄んだ空気を切り裂く暖かな日差しは十一月末の日曜日の午後、あいも変わらず不満を抱えながら一人で部屋にこもっている小男に人生の素晴らしさを説いている。

 

一昨日はカニちゃんと高校の時のマネージャー(ずんだ餅)と、ゴリラというあだ名の友達の3人と遊んだ。俺は写真うつりがすこぶる悪く、大概目を閉じているか、どこ見てんのよコイツと突っ込まれるような方向に目線を向けている写真が多い。子供の頃の写真は顔をくしゃくしゃにして笑っているものが多いのに、いつからかレンズが怖くなった。四人で撮った写真(撮ってないけど)でもブログに乗っけて、楽しかった〜また会おうね!、、なんて軽い言葉を添えて良き思い出の1ページを作ってしまえば、もう少し楽に生きられるのかもしれない。インスタグラムやツイッターを楽しめる人間が心底憎いと同時に、ちょっぴり羨ましくもある。溢れ出すエゴと無意識のうちに周りの人間に踊らされている偽りの自分への嫌悪、いいねをもらったところで満たされない紙コップ、薄っぺらすぎる愛に今日も糞しょうもない嫉妬が吹き荒れる。なんとか大学には合格したけど、ツイッターをやめてしまった俺は大学生としては完全に失格だろう。次はラインだな。

 

俺は二人以上でワイワイというのがとても苦手だが、不思議と四人でいてもストレスはゼロに近かった。せっかく東京で遊ぶというのに、御茶ノ水かよと思いながらも、焼肉はやはりどこで食べても美味しかった。またも大した飲んでないのに酔った俺は3人にだる絡みをしては、名も知らぬ公園で自棄クソな言葉たちを夜空に向かって吐き出した。同情か、憐れみか、興味かは知らないが3人は笑っていたな。酒飲まないともうダメだ。いつまでも喋っていたかったが、震える寒さと有限な時間が別れのサビへ綺麗な橋をかけた。三人とも恋人がいないくせに、偉そうにしやがって、今度会ったら、俺の可愛い彼女紹介してやっからな、嫉妬で奥歯を噛み締めるんじゃねぇぞ。ずんだ餅にいいことを聞いた。女の子の名前は最初は名字のさん付けで呼んどいて、下の名前でいいよって言ってきたら、下の名で呼べばいいらしい。サークルの同期の女子を自分好みの名で呼ぼうとしていた自己中な俺はとても勉強になった。こうやって人は成長していくんだな。今度は四人でディズニーランドでも行きますか、いや、やっぱり公園でいいや。てか、この洋梨タルトケーキ、バナナの味しかしないけど美味しいなぁ。笹尾に渡す前に食い切ってしまうだろうなぁ。笹尾くんに会いたがっていたずんだ餅。会ったこともないくせにカニちゃんと呼ぶ笹尾。バナナとジャングルジムが似合うゴリラくん。

 

そういえばカニちゃんに言われるまで気づかなかったけど、ずんだ餅、前見た時よりちょっぴり太ったかもな、前より大人っぽくなっているような気もしたけど、無理な背伸びをしているような感じもした。あの日だけで何回口紅を塗り直したんだろう。轟々と降る雨の中、顔についた汚い泥を気にもせず、疲れた選手に笑顔でボトルを渡していた頃の君の方が素敵に見えたかな。でも、昼飯に唐揚げ定食を頼むあたり、変わらんなぁと思ったりもした。まぁ、女というのは女の子から女へ変わっていくものなのか。俺はちっとも変わってねぇじゃねぇか糞野郎。カニちゃんはすごく痩せて、頬がこけていた。俺のお母さんの料理食ったら元気出るかもね。焼肉屋出た後に早足でギター屋へ向かう君の後ろ姿はあの頃となんも変わっていなくて、少し嬉しかった。イケメンのゴリラくんは背が伸びていた。君に彼女ができない理由はきっとあんまりスケべじゃないからだね。もうちょっと勉強しましょう。ってお前はドスケベなくせに彼女がいねぇじゃねぇかよ。単純だけど複雑なんだよ人間は。

 

昨日のことを少し書く。昨日はサークルの練習の後に同じパートの人たちと先輩(出身が同じ人)の家で鍋パーティをした。練習が終わって、公民館から学校へ帰る夜道で同じギターパートの同期の男女二人(同パートの同期は俺を含めて三人しかいない)がその後ろをストーカーのようにして歩く俺に気づいていながらも、二人の会話に入ってこないでねと背中で語っているような気がして、どうしても二人の静かながら楽しげな会話に入っていけなくて、憂鬱になった俺は帰り道でずっと口元でアートスクールのモザイクを歌っていた。鍋はうまかったけど、会話はあんまり楽しくなかった。満点とって女子に気持ち悪いって言われた話をしたら、変な空気になって、すごい後悔した。やっぱりやっていけねぇのかもしんねぇわ。あと、買い出しで一年生がお菓子とか選んでいいよと言われ、俺はすぐさま自分の好きなものを選んだのだが、謙遜する二人は取ってつけたようにして俺の選んだお菓子を推していた。なんて図々しいやつなんだと思われたのかもしれないが、そんなの知るかアホ、中三の時の担任だったベジータ禿げの山下先生が言ってたぞ、人の好意は謙遜しないで快く受け取るものだって。ぶっちゃけ一昨日の方が1124倍楽しかった。楽しいのはたまにでいいし、ほどほどでいい。楽しすぎたら最悪な気分だった頃の俺が咽び泣いてしまうような気がして、すごく可哀想になってきて楽しさを拒絶してしまう。中学生の頃の友情は跡形もなく消滅した。それと同じように、今確かに感じている友情も結局は錯覚に過ぎなくて、寒い暗闇の中で吐く白い息みたいにいつか儚く消えていくのかもしれないな。

youtu.be

クソったれの劣等感

今日のどんよりとした曇り空のように最近は心が晴れない。何かを我慢して、部屋でふさぎ込んでばかりいるからか、繊細で綺麗な旋律よりも粗雑で激しい音楽の方が心に響く。NirvanaのYou know you're rightとか、Sumashing PumkinsのBullet with butterflyとか、tetoの高層ビルと人工衛星だとか、きのこ帝国のYOUTHFUL ANGERだとか、アートスクールのモザイクだとか、CRYAMYのテリトリアルだとか、Lozzoの朝だとか。

 

歌の歌詞が好きだ。サムタイムズ感情をそのまま吐き出して、サムタイムズ詩的な言葉とリズムで幻想の美しさを表現して、サムタイムズ何気ないリアルな日常を描写して静かな感傷を誘う。サムタイムズ俺には友達なんて一人も存在しないように感じたり。

Sumashing pumkins/ Today

Today is the greatest day I've known. 今日は最高の日 

Can't live for tomorrow.       明日のためになんか生きてられない

Tomorrow's much too long.     明日はあまりにも長すぎるから

最悪を最高と言い放つその姿に憧れる。

今朝、アニメとAVを見ながらうたた寝を繰り返し、結局目が覚めてベットから抜け出すまでに二時間かかった。パンパンに膨れ上がった膀胱を抑えながら、トイレへ駆け込み、勢いよく暖かな尿を出すと、昨日の夜に食べたレトルトカレーの匂いがして、うんこじゃなくても臭うんだなぁと妙に感心した。部屋の掃除と洗濯を済ませ、だらだらモードへ突入。今週はいろいろなことがあった。サークルのランニングで女子にも負けて、最下位になったり、バイト帰りに買った酒で独り寂しく不快な泥酔をしたり、オアシス好きな先輩がいることを知ったり、駅でとんでもなく美男美女のカップルを見たり、二つ隣の部屋からおそらく同学年のジャージ姿の男女が出てくるのを見たり、体育のバスケでラッキースケベをしたり(すいません、ゲーム中にぶつかった時に一瞬だけ女子大生のおっぱいに触れてしまいました。不意にバスケットケースが歌いたくなりました。ありがとうございます)、Everythingに大切なものっていう意味があるのを知ったり。恋はないけど濃い五日間、いや本当に糞しょうもない五日間だった。

恥ずかしいが俺は何年間も劣等感まみれの人間で、今でも自制しなければ嫉妬と自己嫌悪で押しつぶされそうになってしまう時がある。決していつも辛いわけじゃない、楽しい時も嬉しいときもある、でも、そんなことは当たり前だが長くは続かない。気分の浮き沈みが激しくて、たまに自分という存在から振り落とされてしまいそうになる。俺はいったいなんなんだっていくら哲学を考えたって、お腹が空けばお腹は鳴るし、AV見れば息子は立つ。地元のいきつけの美容院の人が夏休みに帰省した俺にこう言った。

「考えた通りにならないなら、考える必要なんてないよね」

ま、確かにそうだよな。でも俺は考える、今日の晩飯を、、、、母によく今日の晩御飯は何?と尋ねていたのを思い出す。朝飯食いながら、晩御飯のメニューを聞いてくるのかいって言いながら母は笑っていた。今はなき祖父もよく、同じことを尋ねていたという。誰しもが多かれ少なかれ心に闇を持っていると思うし、そのそれぞれの悩みは人それぞれだと思う。悩みなんて人に言ったって大した楽にならないから、みんなあんまり言おうとしない、まぁ俺もだけどさ、てか恥ずかしすぎて言えねぇよ。そんなこと言うぐらいなら、中学三年の元旦に家族が寝てる中ひとり、二階から親父のノートパソコンをこっそりと自分の部屋に持って来て、虚しい単振動に勤しんだっていう、話する方が5億倍マシだわ。ってオマエもう言ってもうとるやんけ〜。いや〜本当に最低で最悪な年初めだった。ちんこを握ったのと同じ手で、神社の鐘を鳴らして合格を祈願。めでたく高校受験に合格して、茶色の青春が幕を開けるのであった。中学生の時なんて未来がめちゃくちゃ輝いて見えていたのに今じゃあ濁りまくって明日さえ見えやしねぇ。恋のときめきなんて久しく感じていないし、というか、もう俺は一生独り身のような気がしてきて、もはや何もかもがどうでもよくなって来た。度を越した諦観の果てにあるのは滅亡か、はたまた希望か。希望なんてあるわけねぇじゃねぇか、そんなんもん糞食らえだ。ディープな場所でホープでジャンプってか、やかましいわハゲ。

おなかが空いてる時ほど、ご飯が美味しく感じるのと同じように、辛い時ほど音楽が心の奥底に刺さる。もうこれは快感で、やばいキマってるって感じ。この快感のジャンキーになってしまったせいで、俺は負の感情からいつまでも抜け出せないのかもしれない。イヤダイヤダと言いながらも、ダメな自分のことがちょっぴり好きなのよ。心も体も冷え込む夜は音楽を聴きながら、布団をかぶり、無気力になった自分を慰める。

クソったれ!!

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俺の青春はウンコ色

今日はサークルのギターパートの人たちと一緒に池袋のギター屋さんに行った。試奏をさせてもらったり、店員のウンチクを聞いたり、店の中で一番高いギターを探して遊んだり、音の違いを感じたような気になったり、大きなあくびをしたり、すかしっぺをしたり、、、ションベンを我慢したり、、、その後にサンシャインシティというショッピングモールみたいな場所に行って、ステーキとバナナミルクを先輩にご馳走になった。とっても美味しかったでござる、人の金で食う飯は本当にうまいよね。屋上の展望台にも行った。60階から見える東京の夜景は1000円のステーキに完敗していた。富士山もスカイツリーも東京タワーも、煌煌と光るビルたちも、なんだか心に響かなかった。そういえば、高校の修学旅行でも都庁から東京を見下ろしたけど、エレベーターがバカみたいに渋滞してただけで、全然面白くなかった。実は、このサンシャインシティというビルに俺とカニちゃんは修学旅行の時に訪れている。バスがそのビルの近くに止まって、降りた瞬間から自由散策の始まりだった。俺とカニちゃんは、イケベという楽器屋に行くとあらかじめ決めていた。というか、それしか目的がなかった。

 

修学旅行の予定の中で一番楽しみにしていたイベントがこの楽器屋に行くことだった。この時の期待は珍しく俺を裏切らなかった。バスから降りた俺とカニちゃんは、それまで、バスガイドの話に耳を貸さず、音楽を聴きながら、ぼーっとしていたくせに、全速力で日が落ちかけた池袋の道を走り出した。テンションの高い女子たちを置き去りにし、ドン引きさせたのだろうが、真実は定かではない、なぜなら、俺は後ろを振り返らなかったから。イケベで見たものは全て輝いていた。ひどく緊張しながら欲しかったエフェクターを買い、ゆっくりとカバンに入れて、店を後にした。あの時の俺に今の俺がもし会うことができるなら、何時間でも喋っていられるような気がする。いろいろなことが変わったし、変わってないこともある。でもあの時の爆発力というか、憂鬱と怒りと緊張と不安と楽しさで毎日が切羽詰まっていた空気感は今思うと本当にすごかったと思う。帰りのバスの中で、ジミヘンのヘイジョーを聴きながら、バックの中のエフェクターを何度も確認した。

 

金閣寺なんて全く綺麗だと思わなかった。それよりも、京都のバスガイドのおねぇさんの方が17歳の俺にとってはよっぽど魅力的だった。USJで独り迷子になって絶望しながら、ホグワーツ魔法魔術学校を冷めた目で眺めたり、ジェットコースターに乗りながら、俺は今から死ぬぞ、俺は今から死ぬぞってブツブツ言ったり、本当にイケベ以外は面白くねぇ修学旅行だった。二度と行くかボケェカス、俺の青春はウンコ色。行きたくても行けないんだけどね、ちなみに今日でオナ禁二週間目ぐらい(需要ゼロ情報)。

 

ギターの二個上の女先輩で出身が同じ人がいる、前も言ったか。その人と今日は結構喋ったんだけど、うん、やっぱり地元が同じ人はいいなぁと思った。話のリズムとか、思いやりの程度とかが、しっくりくる。沖縄じんも面白いけど、やっぱりねぇ、、、ぬ。後輩が大好きで、よく笑う人だ、それと、、芯がある。頭も良くて、なんも見てないようで、実はいろんなことを見ていていろんなことを考えている、そんな気がした。笑った時に見える八重歯がとてもチャーミングでハンバーグーだ。異性のタイプというのはこの半年ぐらいで本当に変わってきた。前まではぶっちゃけかなりの面食いだった。でも、今はちゃんとおっぱいとお尻も見るようになったというのは冗談として、性格から滲み出る徐々にわかってくる魅力というものに気付き始めた(本当だよ)。美人となんてうまく喋れるわけがない。喋れないと楽しくないし、kokoroの目線が近くないとどちらかが我慢しなきゃいけないから、疲れてしまう。話をしてて疲れない人は男女問わず好きだ。自分のことを完全に可愛いと思ってる女子よりも、私可愛いの?可愛くないの?え!もしかして私ちょっとだけ可愛いかも〜いや、やっぱり私はそんなに可愛くないや、でもいいや私には別の魅力があるからねと思いながら莞爾と笑っている女子の方が何億倍も好きだ。そんなやついんのかよ、、、、、、、、

 

思い出と現在を行ったり来たりしていたら、いつの間にかイチョウが色づく季節になっていた。枯葉を踏んだら気持ちの良い音がして、冷たく澄んだ空気を吸えば、体までもが秋色に染まった。もう少しで街はイルミネーション、君はいつもイリュージョン。

youtu.be