décadence

日記のような、短編のような、詩のような、俺

ハイになって、灰になりたい 

口に入れようとした小さなドーナッツを皿に戻し、紙コップに昨日買ってきたばかりの牛乳をなみなみに注いだ。揺らさないように左手でそっとコップを口に近づけて、飲むというよりは吸うといった感じで、寝起きでカピカピに乾燥した喉に粘性の液体を流し込んだ。窓の内側にできた結露を見て、「あぁ今日も寒そうだなぁ」と独り言を呟き、ドーナッツを一口かじって、テレビの電源を入れた。口の中で牛乳に浸されたドーナッツがくどくない甘さになって、優しい味になった。青空と肩を組みながら太陽が気持ち良さそうに浮かんでいた。

 

午前7時41分、あと30秒ほどで中川玲奈のお天気コーナーが始まる。彼女を見なければ今日一日を乗り越えられない。全てが垂れ落ちてしまった清掃係の60代のお婆さんと、「私はデスクワークですから」と言いたげな顔をして、いつもジャージアンドスッピンで出勤してくる40代に見える20代の多田さんと、100キロは超えているだろうという巨体を引きずりながらお茶を運び、社長にだけ厚手の化粧で塗りたくられた顔を不自然に歪ませて、妙に作った甲高い声で「お疲れ様です〜」と言う臼井さんの3人だけが、僕が働く田舎のしがない小さな不動産屋に存在する異性であった。僕の小さな世界の中で、人並みに彼女が欲しいと願うのは、望みではなく妥協を意味する。

 

中川玲奈は有名私大のミスコンを優勝→アナウンサーという屍の山である女ヒエラルキーの崇高なる頂を伝説の神器”お顔”を使って登りきった選ばれた勇者(チート)なのだ。アップのカメラで彼女がにっこりと笑えば、光を凌駕するスピードで2chにスレが立ち、世のどうしようもなく冴えない男たちが歓喜乱舞し、屍と化した女たちは嫉妬で自らの身を激しく燃やしてツイッターに苦し紛れの戯言を投げつける。〇点、不可、(笑)な現実に踊らされ、毎日ハゲ散らかした上司に媚びへつらい、帰り道ですれ違った初々しい高校生カップルにだらしない視線を送って、袖を濡らし、ゴミだらけの部屋に帰って独り虚しく安酒と自暴自棄の放液で、誰も振り向いてくれない自分という名の紙コップを幻想と快感で満たし、暫時の快晴を目に刻みながら夢の中で彼女の柔らかい手を握って、べっとりとしたヨダレを枕に垂らす。

 

「今日から産休に入った中川アナの代わりとして私、高橋誠が全国の皆様にお天気をお届けいたします!元気いっぱいで頑張ります!!!」

 

コップの底に残った牛乳は腐り果てた自分の心を映していた。