デカダンス

日記のような、短編のような、詩のような、俺

白い息を吐く季節

窓の外で、まだらに広がった白い雲と淡い青空がゆっくりと動いている。逆さ海のような空と澄んだ空気を切り裂く暖かな日差しは十一月末の日曜日の午後、あいも変わらず不満を抱えながら一人で部屋にこもっている小男に人生の素晴らしさを説いている。

 

一昨日はカニちゃんと高校の時のマネージャー(ずんだ餅)と、ゴリラというあだ名の友達の3人と遊んだ。俺は写真うつりがすこぶる悪く、大概目を閉じているか、どこ見てんのよコイツと突っ込まれるような方向に目線を向けている写真が多い。子供の頃の写真は顔をくしゃくしゃにして笑っているものが多いのに、いつからかレンズが怖くなった。四人で撮った写真(撮ってないけど)でもブログに乗っけて、楽しかった〜また会おうね!、、なんて軽い言葉を添えて良き思い出の1ページを作ってしまえば、もう少し楽に生きられるのかもしれない。インスタグラムやツイッターを楽しめる人間が心底憎いと同時に、ちょっぴり羨ましくもある。溢れ出すエゴと無意識のうちに周りの人間に踊らされている偽りの自分への嫌悪、いいねをもらったところで満たされない紙コップ、薄っぺらすぎる愛に今日も糞しょうもない嫉妬が吹き荒れる。なんとか大学には合格したけど、ツイッターをやめてしまった俺は大学生としては完全に失格だろう。次はラインだな。

 

俺は二人以上でワイワイというのがとても苦手だが、不思議と四人でいてもストレスはゼロに近かった。せっかく東京で遊ぶというのに、御茶ノ水かよと思いながらも、焼肉はやはりどこで食べても美味しかった。またも大した飲んでないのに酔った俺は3人にだる絡みをしては、名も知らぬ公園で自棄クソな言葉たちを夜空に向かって吐き出した。同情か、憐れみか、興味かは知らないが3人は笑っていたな。酒飲まないともうダメだ。いつまでも喋っていたかったが、震える寒さと有限な時間が別れのサビへ綺麗な橋をかけた。三人とも恋人がいないくせに、偉そうにしやがって、今度会ったら、俺の可愛い彼女紹介してやっからな、嫉妬で奥歯を噛み締めるんじゃねぇぞ。ずんだ餅にいいことを聞いた。女の子の名前は最初は名字のさん付けで呼んどいて、下の名前でいいよって言ってきたら、下の名で呼べばいいらしい。サークルの同期の女子を自分好みの名で呼ぼうとしていた自己中な俺はとても勉強になった。こうやって人は成長していくんだな。今度は四人でディズニーランドでも行きますか、いや、やっぱり公園でいいや。てか、この洋梨タルトケーキ、バナナの味しかしないけど美味しいなぁ。笹尾に渡す前に食い切ってしまうだろうなぁ。笹尾くんに会いたがっていたずんだ餅。会ったこともないくせにカニちゃんと呼ぶ笹尾。バナナとジャングルジムが似合うゴリラくん。

 

そういえばカニちゃんに言われるまで気づかなかったけど、ずんだ餅、前見た時よりちょっぴり太ったかもな、前より大人っぽくなっているような気もしたけど、無理な背伸びをしているような感じもした。あの日だけで何回口紅を塗り直したんだろう。轟々と降る雨の中、顔についた汚い泥を気にもせず、疲れた選手に笑顔でボトルを渡していた頃の君の方が素敵に見えたかな。でも、昼飯に唐揚げ定食を頼むあたり、変わらんなぁと思ったりもした。まぁ、女というのは女の子から女へ変わっていくものなのか。俺はちっとも変わってねぇじゃねぇか糞野郎。カニちゃんはすごく痩せて、頬がこけていた。俺のお母さんの料理食ったら元気出るかもね。焼肉屋出た後に早足でギター屋へ向かう君の後ろ姿はあの頃となんも変わっていなくて、少し嬉しかった。イケメンのゴリラくんは背が伸びていた。君に彼女ができない理由はきっとあんまりスケべじゃないからだね。もうちょっと勉強しましょう。ってお前はドスケベなくせに彼女がいねぇじゃねぇかよ。単純だけど複雑なんだよ人間は。

 

昨日のことを少し書く。昨日はサークルの練習の後に同じパートの人たちと先輩(出身が同じ人)の家で鍋パーティをした。練習が終わって、公民館から学校へ帰る夜道で同じギターパートの同期の男女二人(同パートの同期は俺を含めて三人しかいない)がその後ろをストーカーのようにして歩く俺に気づいていながらも、二人の会話に入ってこないでねと背中で語っているような気がして、どうしても二人の静かながら楽しげな会話に入っていけなくて、憂鬱になった俺は帰り道でずっと口元でアートスクールのモザイクを歌っていた。鍋はうまかったけど、会話はあんまり楽しくなかった。満点とって女子に気持ち悪いって言われた話をしたら、変な空気になって、すごい後悔した。やっぱりやっていけねぇのかもしんねぇわ。あと、買い出しで一年生がお菓子とか選んでいいよと言われ、俺はすぐさま自分の好きなものを選んだのだが、謙遜する二人は取ってつけたようにして俺の選んだお菓子を推していた。なんて図々しいやつなんだと思われたのかもしれないが、そんなの知るかアホ、中三の時の担任だったベジータ禿げの山下先生が言ってたぞ、人の好意は謙遜しないで快く受け取るものだって。ぶっちゃけ一昨日の方が1124倍楽しかった。楽しいのはたまにでいいし、ほどほどでいい。楽しすぎたら最悪な気分だった頃の俺が咽び泣いてしまうような気がして、すごく可哀想になってきて楽しさを拒絶してしまう。中学生の頃の友情は跡形もなく消滅した。それと同じように、今確かに感じている友情も結局は錯覚に過ぎなくて、寒い暗闇の中で吐く白い息みたいにいつか儚く消えていくのかもしれないな。

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