デカダンス

日記のような、短編のような、詩のような、俺

ため息ついたらAm

最近はアニチューブでコナンを見てばかり、灰原哀かわいいなぁとか思ったり、俺ってやっぱり推理ものが好きなのかなぁ、そういえば初めて読んだ小説はシャーロックホームズだったなぁとか思ったり。

 

正月はほとんど家に引きこもっていたし、たぶんそれが因で、誰とラインをするのも面倒なくらいダウナーで、空虚な毎日というありきたりな言葉がしっくりくるような日々で、本当にこれといって書くネタがないのだが、まぁ何かがあった日ばかりにブログを書いていたら、俺の嫌いな奴らと同じになってしまうような気がするので、何もなかった日にも思いを言葉にしておきましょう。

 

正月は、何もしないでダラダラ過ごすことが奨励されるわけであって、俺のようなだらしない人間にとっては誠に至福のひと時ではあったが、一方で、何かこう、満ち足りぬもの、例えるなら、格下だと思っていた相手チームに僅差で勝った時のような、はて?本当に喜んでいいんだろうか?みたいな濁った感情が常に俺の頭を支配していて、苦しい訳ではないのに、満足できないでいた。だからと言って何か行動するわけでもなく、為す術なくただただ毎日を傍観していた。

 

今年は気楽に生きるなどという目標を立てておきながら、新年早々に木っ端微塵にぶち破り、挙げ句の果てにはその対極のような生き方をしている自分は一体全体、この先しっかりと地に足をつけて生きていけるのだろうか。昔と違って、死にたいとかは思はなくなったが、というか、死にたいって思うのはいいと思うけど、口に出して言うのはくそダセェなぁって思うようになって、辛いなぁ、つまんねぇなぁ、じゃあ自殺すっかみたいな安易な思考回路には一種の嫌悪感すら抱くようになった。

 

今だから言えるけど、死にたいって言っていた頃の俺は、死ぬことで何かこう報われるような気がして、死んだらみんな泣いてくれて、〇〇くんって本当は辛かったんだねって言ってくれるような気がして、その言葉が欲しくてたまらなくて、自殺を美化していて、自殺を究極の自己陶酔みたいに捉えているところがあったと思う。ダセェよなぁ、死んだって一ヶ月もすれば誰も泣いてなんかくれなくなるのにさ、ほんなら、何もなくても生きて、たまに誰かと笑いあったほうが得だよな、とか思ったり思わなかったり。

 

将来にこれといって希望もないし、絶対に成し遂げたいっていう夢もないし、日々なんとなく生きてるけど、これでいいのかな、ま、いいよな俺の人生だもんな。何したっていいよな、でもね、正月の夜中に一人で酒飲んで、酔っ払ったままオナニーして、手を洗いにトイレへ行く途中で勢いよく転んだ時は、さすがに「こりゃあいかんな」と思いましたよ。何やってんだよって思いながら、次の日にまたオナニーしましたよ。

 

諦めたほうが楽になることもあるよね、いつも諦めてばかりで嫌になるけど。

今年こそはきら、、、、、、

「もういいんだよ、そんな頑張らなくたって」